【第七章  メディアミックスとは「知る機会」を持ってもらうこと  ~広げる(メディアミックス術)~】

■アニメ『ソードアート・オンライン』のシリーズ構成の秘密

 原作『SAO』は、デスゲームに閉じ込められたあと、すぐに時系列が二年後に飛びます。冒頭は、第一〇〇層到達でクリアというアインクラッドを第七四階層まで攻略したところから始まり、最終的に第七五層で物語は終わります。原作二巻は、そのクリアまでの二年間に起こった出来事を描く過去編となっています。

 これは二〇一一年、アニメ『SAO』の脚本会議中の出来事です。会議の最初の議題として、シリーズ構成(ストーリーをどのように全二六話で描いていくか)を考えるにあたって、ストーリーを『原作通り』に描くか、『時系列通りに改編するか』が焦点になりました。

 その方向性を決めたのが、伊藤智彦監督です。彼は後日、二〇一五年に行われたトークイベントでこのように語っています。

「『SAO』というアニメは、キリトとアスナの物語だと思っています。そして、キリトの心をアスナが癒やす物語でもあるんです。その結果が、アインクラッドのゲームクリアなんです」

 伊藤監督は、アインクラッド編(原作一、二巻)を読んだときから、アニメ『SAO』を『時系列通りに改編する』というビジョンをもっていました。

「キリトは、ずっとソロで戦ってきたからこそ、第二七層での『月夜の黒猫団』サチの死が忘れられないはずなんです。そんなキリトの心が癒されていく過程を描くべきだと考えていました。艱難辛苦を乗り越える彼の『強さ』を証明したかったんです」

 アニメでは、サチの死を引き摺るキリトが、第三五層で『妹(直葉)に似ている』シリカと出会い、第四七層で姉のような性格のリズベットと手を取り合い、第六一層で初めてコンビを組んだレイピアの少女・アスナと恋人として心を触れ合わせ、そして二人の『子ども』であるユイにも恵まれることになります。そうして『守るべきもの』を得たキリトは、ついにゲームクリアを果たすのです。

 このように説明していると、時系列通りに描くことはアニメ『SAO』にとってごく自然な流れだったと感じるかもしれません。しかし、伊藤監督のこのアプローチは、原作から考えるとまったく想定されていなかった『切り口』でした。そもそも原作は、前述したように第一巻でいきなり最前線である第七四層に飛ぶため、サチやシリカ、リズベット、そしてユイのエピソードすら描かれてないのです(彼女達は、第二巻の過去編で初めて登場します)。それが原作としては当たり前でしたから、この構成に違和感も抱いていませんでしたし、なによりこの構成で多くの読者から支持を得ている=売れているわけですから、これがベストだとも信じていました。

 しかし、確かに伊藤監督から指摘されてみると、原作第一巻では、そこまで徹底してキリトの心情を掘り下げることはできていませんでした。そしてそれが補完されると、物語にさらに深みが増すことにも気づかされました。『キリトの心の癒やし』に着目するという『新たな切り口』は、伊藤監督でなければ生まれませんでした。そして、監督のアプロ―チの正しさは、アニメの大ヒットというかたちで証明されたのです。