【第六章 とあるラノベ編集の仕事目録 編集者になってから編】

■『魔法科高校の劣等生』との出会い

 僕の『恩人』は上司だけではありません。それを、毎年秋葉原で行っているイベント『電撃文庫 秋の祭典』に、たくさんの読者が集まってくれたときに実感しました。

 この無料イベントは、七万人を超える動員数を記録しています。ひとつの文庫レーベルイベントでは異例の数字です。たくさんのステージやサイン会、グッズ販売や展示などを行っているので、来場された方々にも満足してもらえるものになっていると思います。

 しかし裏では毎回、想像を絶する苦労があります。実はあのイベントは、企画から前日の設営準備に至るまで、全て編集部の主導で行っているのです。主導と言ってもエラそうに命令するわけではなく、一番の実務スタッフとして働くという意味です。もちろん宣伝局をはじめとする他部署の強力なサポートも欠かせないのですが、とにかく運営側の直前一週間は地獄絵図です。編集部員全員ほぼ寝ずに展示パネルや展示フィギュアの準備をしたり、各ステージの台本を書いたり、関係者への連絡と打ち合わせもやらなければなりません。ちなみに当日も編集部員はチラシを配ったり声優さんを誘導したり警備員として立っていたりと、フル回転で働きます。

 そんな辛い経験も、「楽しかった!」と感想を書いてくれる読者のツイッターを見れば、一瞬で吹っ飛ぶのですから驚きです。読者の力ってすげー!!

 あらためてここにもたくさんの『恩人』がいる! と知りました。

 そんなイベントも軌道に乗り始めてきた二〇一一年ですが、この年に発売した本についても触れておきます。

『魔法科高校の劣等生』です。

 この作品との出会いは偶然に次ぐ偶然の結果でした。

 きっかけは二〇〇九年にさかのぼります。

 第一六回電撃小説大賞の投稿作を、編集部全員で読み込んでいるときでした。

 電撃小説大賞は、一定水準に達しているものが二次選考に上がり、そこから編集部員が分担して選考していきます。

 僕は一次選考で落選した投稿作をランダムに選んで読む、ということをやっていました。これは先輩編集者が「『才能の取りこぼし』がないように」と始めたことで、僕もそれに倣っていました。というのも、七年前の二〇〇二年、先輩編集者が本来は読まない『一次落選作品を読む』ことで落選作品の中から谷川流さんを発掘していたからです。最終的にその投稿作は日の目を見ることはありませんでしたが、谷川さんは二〇〇三年三月に『電撃イージス5』という作品で雑誌連載デビューし、六月に『学校を出よう!』を電撃文庫から、『涼宮ハルヒの憂鬱』を角川スニーカー文庫から同時発売しました。その後の彼の活躍は説明不要かと思います。

 そういうことがあったので、『才能の取りこぼし』防止のために一次選考を何作か読むことを有志の編集者で行っていたというわけです。そんな一次選考読み込みの中の一つに『売れなそうだけど面白くてアツいSF作品』が入っていました。その著者が、佐島勤さんです。当時は別ペンネームでしたのでわかりませんでしたが、僕が新人編集者のころに携わった『A/Bエクストリーム』を彷彿とさせる、忘れられない作品として記憶しています。ちなみにその作品は後日、ほぼ完全に書き直されて『ドウルマスターズ』というタイトルで電撃文庫から発売されるのですが、それはまた別の話。

 それから一年が過ぎ、二〇一〇年。

 前年から川原さんの担当編集をしていたこともあり、僕はネット小説をたくさん読むようになっていました。いくつかの愛読作品の中に、『魔法科高校の劣等生』があったのです。

 掲載していたサイトでは大変人気で、常に閲覧数ナンバーワンとなっていました。

 その中で僕がこの作品に興味を持ったのは、今までの電撃文庫には見られなかったメインキャラクターの存在があったからでした。

 ある意味、僕が知る電撃文庫作品の規定概念を全破壊する設定の主人公とヒロインと言ってもいいものでした。読者との距離が近くない、『何を考えているか分からない』最強無敵の主人公・司波達也と、その感情移入が難しそうな主人公以外はまったく目に入らないヒロインの司波深雪。

 僕が僕なりに作り上げてきた『自分ルール』からは考えられないキャラであるにもかかわらず、読むと抜群に魅力があり、ストーリーにも引き込まれました。端的に言えばとっても『面白かった』のです。

 読者としては面白く読める。しかし編集者としては、僕にはこれは作れない、と思いました。

 そんな想いを抱きながらストーリーを追っていくうち、ふと気づきました。

 ――あれ、このSF設定、どこかで読んだことあるな……。

 ――あ! あの一次選考で落選した応募原稿!!

 一次選考で見かけた原稿とネットで人気になっている別作品。僕だけが、奇妙な偶然の一致を感じていました(一次選考で落選したけど気になっていた応募原稿、つまり、後に『ドウルマスターズ』というタイトルで発売されることになった作品と、ウェブ上に公開されていた『魔法化高校の劣等生』の作者が、同じ佐島さんだと気づいてしまったのです!)。

 このとき僕はさらに考えます。

 ――これは偶然じゃなくて僕に与えてくれたチャンスではないのか? 

 ――今はうまく機能している『自分ルール』だけど、それもいつまで保つかはわからない。むしろいつ終わってもおかしくない。

 ――凝り固まった『自分ルール』は捨てて、読者の一人に立ち戻り、そこから再スタートすべきなのでは? そうしないと電撃文庫の未来は同じような作品の判子ばかりになってしまうのでは?

『面白ければなんでもあり』なんて、つくれないのでは?

 自問自答した瞬間、僕は『魔法科高校』の作者、佐島勤さんにコンタクトを取っていました。

「あなたは、第一六回電撃小説大賞に応募されていた方ではありませんか? お会いして、お話を聞かせてくれませんか?」