【第六章 とあるラノベ編集の仕事目録 編集者になってから編】

■やってきた現場編集者としてのピーク

 僕の第二次黄金期。

 それは二〇〇七年、二十九歳のときから始まりました。

 このころ、『ドクロちゃん』と『しにがみ。』がシリーズ最終巻を迎え、『シャナ』と『禁書目録』、『乃木坂春香』はまだまだ長期シリーズとして続いているところでした。

 同年六月。

 一年近い打ち合わせの末、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』が発売されました。天才作家・入間人間さんのデビュー作です。

 規格外の能力を持つ挑戦者。

『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』『電波女と青春男』の著者・入間人間さんには、もっともその言葉が似合います。彼はデビュー時からすでに『完成された作家』で、才能も文才もピカイチでした。

 デビューは二一歳。この若さも規格外です。

 しかしながら、入間さんのデビューのきっかけとなった電撃小説大賞への応募作は、その意欲的な内容ゆえに最終選考で落選します。

 第一三回電撃小説大賞、二〇〇六年のことでした。

 作風が猟奇的過ぎる、というのが当時の選考委員の総合的な判断でした。しかし僕は、その『尖り』にこそ才能を感じました。この作品を世に出すことが『なんでもあり』の電撃文庫にふさわしいのではないか、と。当時入間さんには、電撃文庫編集部の部長である小山と僕の二人が担当編集者としてついていました。二人ともが、この『野心作』に惚れ込んでいました。

 その落選作品は、後に改題し『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』として発売されます。

 電撃文庫には珍しく、派手なドンパチや超常的な現象などは一切ありません。かといってラブコメディでもありません。しかし入間さんの手によって描かれる奇抜な物語には、圧倒的な存在感がありました。

 日常を描写しているのに、どこか非日常。なんてことのない会話をしているだけなのに、なぜか不穏。個性的、どころではない異端すぎるキャラクターたち。シニカルなのに感動的なストーリー。斬新なトリック・謎解きなどなど。

 それら全てを渾然一体に描いてなお破綻させない圧倒的筆力でもって書かれた『みーまー』は、入間人間による独特の『世界観』によって構築されています。

 原稿は電撃小説大賞に送られてきた当初から完成度が高く、手を入れるところはほぼなかったのですが、唯一、ひとつだけ大きな修正をしています。応募原稿は主人公みーくんの性別が電撃文庫で発売したものとは逆(女性)でした。つまり、女性が「みーくん」を偽っていたということで、それが作品のオチにもなっていたのです。いわゆる叙述トリックなのですが、冒頭のクラスメイトの言動がおかしくなるなど、叙述トリックが成立しえないいくつかの矛盾もはらんでいたため、内容を改稿してもらいました。結果、『みーくんとまーちゃんの危険なラブラブカップルぶり』が口コミで話題となり、人気シリーズの仲間入りをはたします。

 入間さんとは、上司である小山直子部長との二人体制で打ち合わせをしていました。小山部長は女性層に人気の『キノの旅』の担当編集者でもありますから、『みーまー』シリーズに欠かせない『まーちゃん』目線のアドバイスをたくさん得ることができました。

 僕もこの頃には先輩とのタッグ打ち合わせにも随分慣れ、『自分なりのちょっとしたコツ』を取り入れることができるようにもなっていました。

 二〇〇八年八月には、当時の僕の打ち合わせ手法の集大成として、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が誕生します。

 伏見さんと、ダブル担当の編集者・小原の三人で密度の濃い創作論議を経て出来上がったこの作品は、タイトル発表の時点で話題を呼び、一気に電撃文庫のヒット作品群の一つに駆け上っていきました。

 翌年の二〇〇九年一月、『電波女と青春男』(入間人間著)を発売。さらに二月には第一五回電撃小説大賞の大賞作『アクセル・ワールド』を、四月には同著者の『ソードアート・オンライン』(ともに川原 礫著)を刊行します。

 一〇月には『ヘヴィーオブジェクト』(鎌池和馬著)もリリース。

 よく『編集者は三十歳前後にキャリアのピークを迎える』と言われますが、まさにそれがドンピシャで当てはまっていました。