著者:三木一馬
読者に作品を『魅せる』ためには、タイトルもとても重要です。
つまらなそうなタイトルは中身がどれだけ良くても手にとってもらえません。
興味をそそられるタイトルは、中身がどうであろうとその時点で他の作品から一歩リードしていることになります。
ではここで、クイズです。
実在の作品を四つピックアップしました。これら四つの作品には、今のタイトルになる前のボツタイトル案が存在します。その旧タイトル(ボツタイトル)も四つピックアップしましたので、どの旧タイトルから今のタイトルに変更されたか、当ててみてください。
【現在のタイトル】
『ヘヴィーオブジェクト』
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』
『とある魔術の禁書目録(インデックス)』
『安達としまむら』
【問1】旧タイトル:『ラストメモリー』の現在のタイトルは?
【ヒント】お話の最後を表しています。
【問2】旧タイトル:『制服ピンポン』の現在のタイトルは?
【ヒント】雑誌掲載時のタイトルです。
【問3】旧タイトル:『モジュール壊しの特殊工兵』の現在のタイトルは?
【ヒント】『モジュール』とは巨大兵器のことです。
【問4】旧タイトル:『幸せの背景は不幸』の現在のタイトルは?
【ヒント】結果この案はサブタイトルになりました。
それでは回答です。
【正解1】『ラストメモリー』→『とある魔術の禁書目録(インデックス)』
【正解2】『制服ピンポン』→『安達としまむら』
【正解3】『モジュール壊しの特殊工兵』→『ヘヴィーオブジェクト』
【正解4】『幸せの背景は不幸』→『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』
いかがですか?
問1は、元タイトルから大きく変わったと感じられたと思います。
僕が初めて『禁書目録』の原稿を読んだとき、『禁書目録と書いてインデックスと読む』というセンスと演出に、強烈な個性を感じました。この個性はタイトルでも表現したほうが良いと考え、まずタイトルに『禁書目録(インデックス)』と入れることだけは決めました。そして『とある魔術の』の部分は、『禁書目録』が唯一無二の個性を放ちますから、逆に、汎用的でその辺にありそうな『ありきたり感』のイメージ、『とある魔術の』をくっつけてみました。個性あるワードに汎用な修飾句をつけることで、タイトルを読み上げたときに読者にひっかかりを覚えてもらえる、より耳目を惹くものにしたかったからです。
『ヘヴィーオブジェクト』は、やはり『オブジェクト』という『脅威』をシンプルに伝えたかったからという理由です。実際、小説の冒頭も戦争の代名詞であるオブジェクトの恐るべき力の誇示から始まっていましたから、まさにぴったりのタイトルだと思いました。原題『モジュール壊しの特殊工兵』も、悪いタイトルではありません。ただ、これだと主役であるクウェンサーとヘイヴィアに注目が集まり過ぎてしまい、せっかくの巨大兵器の『シンプルなインパクト』が埋もれてしまうのではと考えました。同じ水圧なら蛇口の細いほうが水の勢いがあるように、文字数が少なければ少ないほど、読者がそのタイトルの印象を覚えていてくれる可能性が高くなります。
『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』は、一見ネガティブな単語(「嘘つき」や「壊れた」)と、チャーミングなニックネーム(「みーくん」と「まーちゃん」)を組み合わせてみようとひねり出したタイトルです。相反する二つの言葉がくっついていると印象的なフレーズになり、読者の心に残りやすいと考えたからです。結果、このネガティブ+チャーミングな組み合わせは、入間人間という作家が描く世界観にもとてもマッチしたと思っています。
ちなみにこのタイトルは、イラストも含めて一つの作品になっています。とても可愛い少女が描かれているのに『壊れたまーちゃん』と書かれていると、「この美少女が壊れてるの?」とつい興味を持ってしまいませんか? 奇妙な印象を抱いてもらえたなら作戦成功です。そこから『あらすじ』を読むために『本を手に取る』という行為を誘発できるのですから。
このように、タイトルは作品を読んだときに『なにを伝えたいか』という印象から決めていくことが多く、「シンプルなタイトルだから良い」、「個性的なタイトルだから良い」、などと一概には言えません。あえていうなら、今の市場はシンプルなものより個性的なものを求めている傾向にある、というくらいでしょうか。
もともとの応募時のタイトルから大幅に変更をしたり、タイトルを編集者が決め直すケースがあるのは、作家よりも編集者のほうが『担当作を客観的に考えることができるから』だと思っています。
手前味噌ですが、僕の担当作タイトルが、流行のきっかけとなったこともあります。いわゆる長文タイトルの元祖と言われている、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』です。このタイトルは、伏見さんと電話で話しているときに、
「『素直じゃない女の子が最後の最後で素直になる』小説なんだから、タイトル自体もそういう『ツンデレ』なタイトルにしよう」
と話していて決まったものです。
タイトル自体がツンデレ……我ながら何を言っているかよくわかりませんが、これも先ほどの、パッケージも意識したタイトル命名です。
カバーイラストでは、かんざきひろさんの描いた可愛いキャラクターが腕を組んでこちらを睨んでいる。その周りに『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』と書かれている。「いやいや何言ってるの、この子、可愛いじゃん!」と思ってもらえたなら作戦成功です。読者がついついツッコミを入れてしまったりするタイトルは読者の心に残り、あとあとも気になる存在になっているに違いありません。
このように、パッケージとひとまとまりになって『タイトル』が表現されるというのは、こういったエンタメ小説(ラノベ)でしかできない演出だと思っています。
では次に、すんなり決まらなかったタイトルをご紹介します。
これは『アクセル・ワールド』の候補タイトルですが――
・立て、走れ。加速せよ
・夜に飛べ銀の鴉
・心速機構BB2039
・加速者のリベル(rebel:反逆)
・ハートクロック・アクセラレーション
・インフィニット・リフレックス
・黒雪姫は加速する
・加速世界の黒雪姫
・アクセラレーテッド・ワールド
・黒雪姫の加速
・黒雪姫の帰還
・ブラックロータスの騎士
・加速世界のブラック・ロータス
・黒雪姫の加速は止まらない
・加速世界のスノー・ブラック
・バースト・リンカー
・バーストリンク・ジェネレーション
……ひどいものもありますが気にしない!
ご覧いただければ分かるように、いまいちバシッと決まるタイトルが見つかりませんでした。さんざん悩んだあげく、応募原稿のまま『アクセル・ワールド』でいくことになりました。まぁこの候補を見るとそれがベストですよね……。
応募時のタイトルをそのまま採用したのは、受賞時のニュースでそのタイトル名を覚えてくださっている読者がたくさんいるという、アドバンテージがあったからというのも理由の一つです。とくに『アクセル・ワールド』は大賞受賞ですから、その認知度とバリューはピカイチです。
ただし、受賞作のタイトルを変えるかどうかの判断基準は、やはり「印象的かどうか」が一番大切なポイントとなります。加え、「きちんと作品を表現しているわかりやすいものかどうか」というところもポイントです。『アクセル・ワールド』の場合は、そのまま『加速世界』のことしか表現していませんでしたので、補足としてサブタイトルを活用しました。ボツタイトルの一つだった『黒雪姫の帰還』を後(あと)サブタイトルとして採用したのです。サブタイトルは、メインタイトルに入りきらなかった要素(キャラや世界観)を追加するときなどに使えます。
つづいて、鎌池和馬作品である『未踏召喚://ブラッドサイン』の候補タイトルもご紹介。
・光輝なる女神とブラッドサイン
・白の女王とブラッドサイン
・白の女王へのブラッドサイン
・アリス(ウィズ)ラビット ―不殺王―
・スノウ・ホワイト・ブラッド・サイン
・サモン・ウィズ・ブラッド・サイン
・不殺の召喚師と血の筆跡(ブラッドサイン)
・不殺の召喚師が描くブラッドサイン
・未踏のブラッドサイン
・ブラッドサインと「白」の斬伐者
・血の筆跡に因りて、斬伐せしは白の女王
・不殺のブラッドサイン
・不殺王と白の女王
・サモナーズ・スプレマシー
・(ノー)キル・バイ・ザ・ブラッドサイン
・ロード・トゥ・ザ・ホワイト
・僕の元カノがラスボスな件について
これもさんざん悩んだのですが……やはり『ブラッドサイン』(現代の魔法陣と召喚師が持つ召喚儀式用の杖(ステッキ)を意味する単語)という言葉が本作をもっとも表現していますので、それを入れることをまず決めました。特殊な読み方をする『禁書目録(インデックス)』とは異なり、『ブラッドサイン』は特殊ではあるものの『ひっかかり』が弱いワードだったので、次にその周りにつけるワードはすこしトリッキーにしようと考えました。あえて意味不明瞭な記号をあしらい、『未踏召喚://ブラッドサイン』を最終確定タイトルにしました(汎用的な言葉+トリッキーな言葉の組み合わせは、『とある魔術の禁書目録(インデックス)』同様に鎌池作品タイトルの個性でもあると思っています)。
次に伏見つかささんの『エロマンガ先生』です。
・ヘブンズ妹ドア
・作家の兄と絵師の妹
・スマ兄妹
・あの日見た妹の名前を兄は知らない
・ドリームいもうとプロジェクト
・シスこもり
・ホワイト妹とブラックエルフ
・スーパー兄妹大戦
・兄妹戦争
・しすったー (sistter)
・妹の恥ずかしい名前
・イラストシスター
・妹はイラストレーター
・イラスト妹、テキスト兄。
・あにぶん、いもえ。
・妹のえっちなイラスト
・えっちなことはだめ
・可愛い女の子だと思った? 残念、アフィブログ管理人でした
冗談で提案していて、選ぶはずのないタイトルもいくつかあるのですが、そういうことも含めて『とにかくたくさんアイディアを出して、その中から光るものを見つけ出す』ことが重要です。「これどうなの?」というタイトルから、別の良いタイトルを閃くこともあるからです。『エロマンガ先生』については最終的に一番「これどうなの?」と疑問符がつくものになった気もしないでもないですが……。