【第五章  イラストは化学反応を起こすための起爆剤  ~彩る(イラスト選定術)、魅せる(コピーライティング術)~】

■『ソードアート・オンライン』のイラストレーター選定の裏には……

『SAO』のイラストレーターをabecさんに決めるとき、こんなエピソードがありました。

 今でこそ知られていますが、abecさんは、実は某有名イラストレーターの別名義で、「abec」は趣味でこっそりやる匿名イラストブログのハンドル名です。

 ブログ内容は『百合もの』(女の子同士がイチャイチャするジャンル)のちょっとエッチなイラストをアップするというものでした。元々バリバリのプロが描いているわけですから、描かれた女の子のイラストはどれも可愛く、編集者界隈で「あのブログの作者abecって何者なの?」と話題になっていました。しかし匿名ブログですから、当然素性は分かりません。メールアドレスなど連絡先の記載もありませんでした。僕も「この人誰だろう。連絡先が分かったらイラストの仕事を頼みたいんだけどなぁ」と考えていました。

 それから数ヶ月が経ったある日。

 秋葉原に寄ったついでに、僕はアニメイトのラノベフロアで市場調査を行っていました。そのとき、あの匿名ブログのイラストとタッチがうり二つのカバーを発見したのです!

 ――これ、もしかしてあの人では……!?

 見ると、電撃文庫ではない別レーベルの新刊面陳スペース(新刊をカバーイラストを表にして陳列しているスペースのこと)の中の一冊でした。

 しかし、その本をよくよく見ると、そこには『イラスト/BUNBUN』というクレジットが。

 ――なんだ勘違いか……じゃなくて!

 ――待てよ、これってまさか……。

 ピンときた僕は、急いで編集部に戻ると、同僚編集者を経由してBUNBUNさんに連絡を取ってもらいました(BUNBUNさんは電撃文庫では『カレとカノジョの召喚魔法』(上月司著)という作品の挿絵を描いてました)。

「はい。もしもーし、BUNBUNです」

「あらためまして、はじめまして。電撃文庫の三木と申します。以前何度か忘年会でお会いしていまして……」

「あ、どうもどうも。で、ご用件は……?」

「あなた、匿名でブログやってませんか?」

「え……!? な、なんのことですか?」

「しかも百合でえっちぃやつを。『abec』ってあなたですね?」

「な、なんでバレたんですか!? その片鱗すら見せてなかったのに!」

「いやぁ~どうしてでしょうね~。じゃあご褒美に、僕の担当作の挿絵をabec名義で描いてください!」

 実はこの当時、BUNBUNさんはかなり多忙で、挿絵の仕事はすべて断っている状況でした。しかし、先のやり取りの結果、ありがたいことに引き受けていただけることになったのです。

 このエピソードについて、後にBUNBUNさんから語っていただいたのですが、

「匿名ブログを言い当てられたことも一つの理由ですが、もう一つ決め手がありました。僕は挿絵を依頼されたとき、『その作品って面白いですか?』と編集さんに必ず聞くんです。そこですこしでも返答に躊躇する雰囲気を感じると、お請けするのをちょっとためらってしまいますね。『SAO』のときはタイムラグなく『面白いです!』と言い切られたので安心してお受けしました。そのときこうも言われましたね。『abecの名前をBUNBUNより売ってみせますから!』って(笑)」