【第四章 『売れる』と『売れない』はココが違う ~編み出す(編集術)~】

■作家よりも作品に詳しくなりたい

 ここで、『ソードアート・オンライン』を出版することになった経緯をご紹介します。

 そもそも川原さんは、第十五回電撃小説大賞に『アクセル・ワールド』(以下、『AW』)を投稿し、見事大賞を受賞した作家です。

 受賞作の『AW』は二〇〇九年二月に第一巻の発売が決まっていました。

 その打ち合わせをしている最中の出来事です。

 原稿を読み進めているうちに、『AW』の世界観のキモとなる、人間の脳波を電気信号に変換する最新デバイス『ニューロリンカー』の仕組みを説明する黒雪姫とそれを聞く主人公のハルユキの会話にふと目が留まりました。第一巻五〇ページ目のやりとりです。


「ハルユキ君、キミはニューロリンカーの作動原理を知っているか?」

「は、はい……とおりいっぺんの知識だけですけど。脳細胞と量子レベルで無線接続して、映像や音や感触を送り込んだり、逆に現実の五感をキャンセルする……」

「そうだ。つまり二〇一〇年代のヘッドギア型VR機器、あるいは二〇年代のインプラント型とは原理が根本的に異なる。量子接続は、生理学的メカニズムではないのだ。ゆえに、脳細胞に負荷をかけることなく、とんでもないムチャができる……ことに気付いた者が居た」


 僕はこのくだりに、第六感めいた奇妙なひっかかりを覚えました。

 ――これ、即席で書いたにしては、設定しっかりしてるなぁ……。

 ――ちょっと待てよ、このやけにちゃんとした書き方……『二〇一〇年代のヘッドギア型VR機器』とか『二〇年代のインプラント型』というくだり、もしかしたら裏設定がなにかあるかもしれない。 

 ――その設定を知っておかないと、打ち合わせしても『負ける』!

 打ち合わせ当日、川原さんへこの部分について質問すると、こんな返答がありました。

「ここの描写は、『ニューロリンカー』より昔に開発されたデバイスがあって、それをギミックに用いた小説を書いたことあるんですよ」

 打ち合わせの後、すぐにネットで調べたところ、川原さんが書いたウェブ小説の存在を知りました(その時点ではまだアマチュア時代のペンネームを教えてもらっていませんでした)。どうも『ヘッドギア型VR機器』とは『ナーヴギア』というらしい。そのデバイスを使った小説『ソードアート・オンライン』というのがあるらしい……。打ち合わせで川原さんが言っていた小説とは、この『ソードアート・オンライン』という作品に違いない。僕は即座に「その作品を読ませて欲しい」と川原さんにメールを送りました。

『AW』のもとになった技術が使われた作品がある、ということは、それを知っているか知らないかで打ち合わせは大きく変わってきます。なにより、担当編集者として把握できていないというのは『負けた』気がして、どうも嫌なのです。

 しかし翌日。川原さんからメールで届いた原稿を見たとき、僕は前言を撤回したくなるような後悔に見舞われました。『ソードアート・オンライン』の原稿は、電撃文庫のページ数換算で四二〇〇ページ、つまり電撃文庫約一六巻分に相当する物量があったからです。

 ……やべぇ……これ、一週間後にある『AW』の打ち合わせまでに全部読まないといけないのか……。今週って雑誌の校了も被ってて、かなり仕事詰まってたはず……。

「川原さん、原稿ありがとうございました! 打ち合わせまでにガッツリ読みますね!!」

 元気よく『原稿受け取りメール』を返した僕ですが、受け取る前は、

「完璧に読破しておきますよ。次の打ち合わせまで?  余裕ですね。二周目いっちゃうかも(*ゝω・*)ノ☆」

 と返すつもりでした。が、とても無理です!! むしろ、

「う、打ち合わせまでに……読めたら、読みますね……ヽ(´Д`;≡;´Д`)ノ」

 こう書かなかっただけでも良しとします。

 僕は他の新人作家と打ち合わせをするときも、過去に書いた作品を聞き出して全部読んでいるのですが、今回ばかりはヤバイかも……と思っていました。

 その理由は、当時の僕の一日のスケジュールを見て頂くことが一番わかりやすそうなので、ここで紹介します。


朝一〇時 起床

一二時 会社に入る

一二時~一四時 メールチェック(五〇通ほど)

一四時~一七時 作家やイラストレーターと打ち合わせ

一七時~二一時 脚本会議やアフレコ

二一時~二三時 作家と電話打ち合わせ

二三時~深夜一時 メールチェック(一〇〇通ほど)

深夜二時 帰宅

深夜三時~朝六時 原稿読み込み

朝六時 就寝


 というわけで、日中は通常業務があるため原稿の読み込みができません。

 つまり、深夜三時~朝六時までの時間で、『SAO』の完全読破を目指すしかない。

 ここまで来たら意地です。

 最後の数日は睡眠時間を二時間程度にして、昼まで『SAO』を読んで会社にいく、という日々を繰り返しました。

「面白い小説を読んでいて徹夜するなんて、けっこうあるけどな」と思う方もいらっしゃるでしょう。もちろん仰る通りなのですが、しかしこの原稿は、ただ単に『読めばOK』というわけではありませんでした。編集者として巻割構成案も視野に入れて読み込む他、『SAO』は発表済み原稿ですから、『あとだしジャンケン』理論も考えねばなりません(この理論は別項目で説明します)。原稿を最後まで読んだあともう一度前半に戻って伏線を確認したり、ストーリー全体をまとめてメモしたり、より密度の濃い編集作業が必要でした。そのためには並列回路的な『片手間読み込み』ではなく、直列回路的な『集中読み込み』を常にしなければなりません。

 眠くなったら自分自身の顔を殴ったり、水風呂に入ったりして、どうにか眠気を吹き飛ばし、なんとか打ち合わせまでに読破することができました。

 そしていざ『AW』の打ち合わせでは……。

「川原さん、『ヘッドギア型VR機器』ってナーヴギアですよね、全部わかっているので説明不要です! ちなみに『インプラント型』というのはなんですか? あとユージオってカッコ良いッスね!」

 限界突破(バースト・リンク)して逆にハイテンションな僕がいました。作家よりも詳しくなるのは容易なことではないのです……。