【第四章 『売れる』と『売れない』はココが違う ~編み出す(編集術)~】

■ストーリーは打ち合わせで決める『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』

 通常の打ち合わせなら、作者も編集者もあるていどストーリーの先をイメージして臨んでいるものです。一方、『俺の妹』の場合は、先のストーリーを一切決めませんでした。そして、今書いているシーンに後先考えず全力で打ち込む、というルールで打ち合わせを進めたのです(編集者は僕と、同僚編集者・小原一哲のダブル担当です)。

 他の作家とはこの方式はとっておらず(一部『ドクロちゃん』では同じでしたが)、かなり特殊な形と言えるでしょう。

 この方式は、週刊少年漫画の打ち合わせに似ているかもしれません。

『荒木飛呂彦の漫画術』(荒木飛呂彦著、集英社刊)に書かれていたことですが、荒木先生は各部のラスト直前にラスボス(第一部ならディオ、第二部ならカーズ、第三部ならDIO)のスゴさを明示することで、主人公サイドのピンチを際立たせる展開を好むのですが、その解決策を思いついていない状況でも描き進めるのだとか。JOJO第四部では、ラスボスの吉良吉影を強く描きすぎてしまい、「しまった……、これは、仗助(主人公)勝てないかも……」とかなり困ってしまったというのです。

 おこがましいのですが『俺の妹』も荒木先生のその方式に近く、週刊少年漫画の連載をやっているようなイメージで、先の展開を決めずに打ち合わせをしています。次にどんなことが起こるか作者も編集者もわからないという『ドキドキ感』が、読者にも作品を通して伝わってほしいと思っていたからです。

 しかし、このリアルタイム感から来る『面白さ』を追求する方式は、リターンが大きい分リスクも大きく、打ち合わせ途中で暗礁に乗り上げることもしばしば起こります。そのため、作家との打ち合わせにすべてこの方式を採るわけではありません。とくに、打ち合わせ前にストーリー構成や世界観をきっちり決めるタイプの作家とは相性が悪く、ほとんどうまくいきません。伏見さんはその手のタイプの作家ではなかったことに加え、難題に直面しても『書けないかもしれませんがやってみます』とまずトライしてくるタイプの作家だったからこそうまくいったやり方でした。

 主人公・高坂京介に降りかかる困難は、『絶対に京介に解決できないだろう』というものをぶつけて、彼をとことん追い詰めていきます。

 理由はもちろん、「そのほうが面白くなるから」です。そんな調子でやっていましたから、作者と編集者がいくら打ち合わせをしても、どうしても京介がクリアできないこともありました。

『俺の妹』二巻、不健全なことを嫌う潔癖症の新垣あやせに『桐乃のエロゲー趣味』を認めてもらうために説得するシーンです。

 この巻において、ヒロイン・桐乃の最大の敵(危機)は、『世論からの冷遇』と『親友(新垣あやせ)からの軽蔑』でした。ちなみに一巻の最大の敵(危機)は『親バレ』(自分の絶対に隠しておきたかった趣味が親にバレてしまうこと)です。

 最大の敵・あやせの軽蔑から桐乃を救うべく京介はあやせに挑むのですが、あやせサイドの『エロゲーは不健全である』という理論武装をしっかりと固めすぎてしまい、京介がなにを弁明してもあやせを論理的に説得できない状況になってしまいました。

「やばい、これ、京介はあやせに勝てないわ……」

 みんな本気で頭を抱えました。あらゆる抜け道を考えたのですが、正論を述べるあやせには、すべてが詭弁と断じられてしまいます。

 喧々諤々、伏見さんはもちろん、僕も小原も悩みに悩み抜いた上でも、やはり京介はあやせを倒せませんでした。作家と編集者サイドが、あやせというキャラクターに敗北した瞬間です(さすが、あやせたん)。

 どうしても無理と分かったため、最終的に京介の助太刀に桐乃が登場してあやせに勝つ、という(京介にとっては苦肉の)エンドになりました。最後までプロットを組まない弊害が出たのかもしれませんが、ただ、おかげで理屈じゃなく感情で押し切る迫力のシーンが出来上がったり、桐乃による『あやせのことも、エロゲーと同じくらい好き!!』というなんともシュールな名言が生まれたり、『京介に守られるだけのヒロイン』というポジションから桐乃が脱却できたりと、あきらかに『そっちのほうが面白そう』な展開になりましたから、これは結果オーライと言えるでしょう。

 それ以降も、先をまったく決めずに打ち合わせを行いました。毎巻、『オタクなギャルの最大の敵や危機ってなんだろう?』、『兄妹間でもっとも理不尽なことってなんだろう?』といった話し合いから始めて、そこを立脚点にお話をつくっていく、という方法をとりました。前者は、桐乃が五巻で海外留学をする展開として『頻繁に秋葉原に行けなくなる危機』で活かされ、後者は七巻の『京介と桐乃の疑似ラブラブカップル』に活かされています。

 ここで断っておきたいのは、伏見さんが「打ち合わせ優先だからといって、世界観やプロットなどを全く考えていないわけではない」というところです。ここまで読んで頂いたならお分かりかもしれませんが、作家は、まず自分の脳内でしっかり世界を創り上げてから小説に落とし込みます。そうしないと、(天才以外は)絶対に良いものは書けません。その脳内構築の途中で、ある意味『横やりを入れている』のが打ち合わせなのです。つまり、伏見さんは、すでに自ら構築している世界観やプロットを、打ち合わせでの『面白さ優先』で何度でもスクラップ&ビルドしてくれているのです。

 これはクリエイターさんにとってはとても大変な作業です。一度自分の中で決めたものをぶちこわさないといけないわけですから。たとえば、すでに脳内で決めていた作家の愛着があるキャラが、打ち合わせで性格や特徴まで変わり別キャラになってしまったとしたら、それはもう『殺人』といっても過言ではありません。それくらい、作家にとっては辛い作業なのです。にもかかわらず、打ち合わせでは『面白さ優先』の意見を採り、「とにかくやってみます!」と言ってくださる伏見さんは、心強い創作者であり、頼れるパートナーです。