【第三章 とあるラノベ編集の仕事目録 編集者になるまで編】

■初ヒット作『灼眼のシャナ』の勝因は『偶然』と『運』

 二〇〇二年の四月。ついに編集者として独り立ちした(一人で担当を持った)僕は、同年一一月に生涯忘れられない作品を発売します。

 タイトルは、『灼眼のシャナ』。

 前作の失敗を糧に、よりキャッチーに、より売れるようにと、作家とともに無我夢中でつくり上げた作品です。ただ、そんな想いとは裏腹に、前作が売れなかったため初版部数は通常の新作の部数よりも低い数字で部決(発行部数を決定すること)されていました。

 端的に言って、期待されていなかったのです。

 同月に出る電撃文庫は、高畑京一郎さんの『Hyper Hybrid Organization』第二巻や、渡瀬草一郎さんの『パラサイトムーン』第五巻、そしていまや『ビブリア古書堂の事件手帖』で大ヒット作家となっている三上延さんの『ダーク・バイオレッツ』第二巻などがあり、それらラインナップの一番最後に『灼眼のシャナ』はクレジットされていました。

 しかし『シャナ』は発売後、すぐに大重版がかかります。あまりの勢いで、全国の書店で品薄完売になってしまうほどでした。

 当時、営業部に大変怖い先輩がいました。『他人に厳しく、自分にもっと厳しい』がモットーの恐るべき御方で、部下に指導するときも睨んでいるように見えるため、いつもすくみ上がる思いで話を聞いていました。一見、冷徹に見える仕事人間なその先輩ですが、なんと『シャナ』に重版かかった日、初めて「よかったな」と声をかけてくれたのです。ようやく一人の編集者として見てもらえた気がして、とても嬉しかったです。

 なぜ『シャナ』はヒットしたのか?

 当時よく聞かれたのですが、その勝因について、実は未だによくわかっていません。『キャッチーさ』はもちろん意識しましたが、決定打とは言い切れません。物事は、敗因よりも勝因ののほうが分析のほうが難しいのです。

 ただ、『学園異能アクション』(普通の学校に通う一般的な生徒が特殊能力を得て戦いに身を投じる、といったストーリー)的テイストの世界観がまだ珍しかった、ということはあるかもしれません。学園コメディならいくつかありましたが、学園から非日常にシフトしていく物語をシリアスに真正面から描いた作品は多くはありませんでした。

 加え、のちに『涼宮ハルヒの憂鬱』(谷川流著、角川スニーカー文庫)の挿絵を担当する、いとうのいぢさんのイラストのお力も大いにあったと思います。

 あとは運とタイミング、そしてなにより作家の頑張りのおかげです。

 とにかく、ようやく会社へ貢献することができました。結果に対し、僕は個人的な満足感よりも「これで少しは会社に恩返しできたかな」という思いのほうが強かったです。

 『シャナ』のヒットは思わぬ副産物も生みました。それは、社内で自分の要望が通りやすくなったことです。メディアワークスは、結果を出せば年齢に関係なく仕事の裁量権を与えてくれる会社でした。これは僕にとっては大きな一歩です。すこし生き急ぎ気味な自分はやりたいことが浮かぶと、とにかく一回試さないと気が済まない性分だからです。

 入社一年目のときです。メディアワークスのとある部署の偉い方へ、会ったことも話したこともないのに『ぼくがかんがえたさいきょうのWEB企画』をメールで突然送りつけたことがありました。もちろん「なんだこの礼儀知らずは?」と悪い意味で社内で騒ぎになりました。どこの馬の骨かもわからない新入社員からそんなメールが来たら、僕でも怪訝に思います。そんな恥ずかしい過去の二の舞は避けられそうで、これは大変な進歩だったわけです。