【第二章 『とある魔術の禁書目録』御坂美琴はなぜ短パンを穿いているのか ~つくる(創作術)~】

■ストーリーをつくるとは、自分がこれから登る山の『登山ルート』を決めるようなもの

『リードクライミング』というスポーツをご存じでしょうか。

 フリークライミングの一種で、身体に安全ロープをつけて、人工の岩や壁に着いたホールド(突起物)を辿りながら登り切るという競技です。最近は、各地にリードクライミング専用のジムなどもあり、アクティブな趣味の一つとして確立されています。

 前章のラストでは「冒頭と終盤のシーンを埋める『お膳立て』」について書きました。ここでは、さらにそれを詳しく紹介していきたいと思います。

 冒頭と終盤のシーンを埋める『お膳立て』をするということは、言い換えれば、物語の根幹、本筋であるストーリーをつくるということです。これは『リードクライミング』でいう、『壁のどのホールドに手をかけ、どのように登っていくか、というルートを決める行為』に似ています。

『リードクライミング』とは、一見『壁に設置された突起物につかまってひたすら昇っていく』というシンプルなスポーツと思われがちです。しかし、一度体験するとわかりますが、このスポーツはそんなに単純ではありません。自由気侭に登ろうとしても、途中で手足が疲れバテてしまったり、ひとつの足の置き方を間違えるだけで次のホールドに届かなかったり、カラビナという安全器具にロープをかけるタイミングを間違えて無理な体勢となり壁から体がはがれてしまったり、競技会となればそれらを時間制限内に決断しなければならないなど、意外と事前のシミュレーション能力が要求されることが分かります。『リードクライミング』で一番重要なのは、実は登る前の『ルート確定』なのです。

『リードクライミング』経験者は、いざ登る前に、このルートだと、途中であのホールドからあのホールドまで飛びつかないと届かないな……とか、このルートだと手数は多くなるけど、あのポイントでレスト(休憩)ができそうだから体力的にいけるな……というような『シミュレート』を行うのです。自分の体力と技術に見合った『ルート』をクライミング前にイメージすることを『オブザベーション』と呼びます。

 では、ストーリーをつくるという行為は、リードクライミングの『ルート確定』のようなものだということを踏まえて、『お膳立て』をしてみましょう。

 冒頭のシーンは、一番最初に手をかけるホールドで、終盤のシーンは、壁を登り切る最後のホールドに手をつけた瞬間、と考えてください。

 まず、冒頭と終盤のシーンはもう決まっていますから、残りの、自分の脳内で浮かんでいる『書きたいシーン』を箇条書きにしていきます。数としては、一〇~二〇シーンくらい。このとき、前章の『家訓』や『トレンド』を意識しつつネタを決めればコンセプトがブレないでしょう。初心者なら、主人公に関連するアイテムやキャラクターの動きを起点として考えるのがオススメです。

 ここでは『禁書目録』第一巻を参考にしてみます(鎌池さんが執筆時、実際にこの方法を採ったわけではありませんが、わかりやすい例として挙げています)。冒頭は『インデックスが上条の寮のベランダにひっかかっているシーン』で始まり、終盤は『上条当麻がインデックスの「自動書記(ヨハネのペン)」とバトルするシーン』で終わります。

間を埋める書きたいシーンは、概ね以下のような感じだったと想像できます。


・ロリ教師を出したい!(ついでに学園都市の超能力カリキュラムを紹介)

・ヒロインのお色気シーン! 服が脱げる。

・科学と魔術の話なので、怖い魔術師(ステイル)を出したい。→逃げたインデックスを捕らえるために追っ手として登場させる。

・その魔術師と上条のバトル。ここで『幻想殺し』の真価を発揮させる!

・逃走劇を描く。(小萌にかくまってもらうとか)

・インデックスによるカッコいい専門的な魔術解説パート。

・ヒロインの悲劇性。インデックスの身体が蝕まれていく。

・追っ手の魔術師に更なる新手、神裂火織がやってくる。(カッコいい日本刀付き!)

・タイムサスペンスも。

・どんでん返しも入れたい。インデックスの『真実』が明かされる。


 挙げることができた一〇~二〇シーンは、壁を登るために手や足をかけるホールドです。それでは、ここでリードクライミングの『ルート確定』を意識してください。どのホールドを伝って一番上まで登り切るか、そのホールドからホールドへ辿っていくルートを考えるのです。どの順番でシーンを繋ぎ合わせて、ラストのエンディングまでもっていくか、それを自分の体力(文章技術や構成力)や時間制限(締め切り)と相談して決めていきましょう。

 創作においては、『自分の体力(文章技術や構成力)』を把握しておくことも大切なポイントです。使いたいシーンがあったとしても、今の自分の力量でそれを無理に入れると終盤のシーンまで辿り着けないこともあります。アクロバットなシチュエーション転換をする場合は、その『壁』を登り切れるかどうかを考えながら『ルート確定』しなければいけません。たとえば、最終目的(終盤のシーン)が『ドラゴンを退治する』だとするならば、合間のシーンは『主人公がドラゴンを退治する最強の剣を手に入れる』とか、『ドラゴンブレスを防ぐ氷魔法が得意な女の子が主人公の仲間になる』などでしょう。しかしそこに、『学園の生徒会選挙で、主人公が機転を利かせて勝利する』とか、『主人公が乗り込んだ最新鋭の巨大ロボットで大砲をぶっ放す』などの『書きたいシーン』を間に盛り込もうとしても、そもそもファンタジー世界でドラゴンを退治する話なのですから、そのルートの軌道修正がとても大変になるはずです。

『禁書目録』についても同様です。インデックスが所属するイギリス清教以外の組織……たとえばローマ正教チームやロシア成教チーム、科学サイドの悪役など、『インデックスの抱えた問題と関係ない、壮大な敵やシチュエーション』を第一巻からどんどん盛り込もうとしてはいけません。先ほど説明したように、壁を登り切ると前にかなりアクロバットな軌道修正が必要になり、読んでいて違和感を覚えてしまうからです。

 ですから、間の『お膳立て』はあくまでインデックスが所属するイギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーたち、神裂火織とステイル=マグヌスとの絡みをシーンとして描き、全ては『インデックスとのラストバトル』のための情報開示、上条が一人の少女を救う物語として作り上げたのです。

『書きたいシーン』に、どれだけ裏設定や今後の構想があったとしても、冒頭と終盤を繋ぐ『お膳立て』になり得ないものは、『ルート確定』の邪魔になりますから、きっちり『除外する勇気』も、ときに必要なのです。