【第二章 『とある魔術の禁書目録』御坂美琴はなぜ短パンを穿いているのか ~つくる(創作術)~】

■衝撃の鎌池和馬伝説

「その幻想をぶち殺す!」

 ラノベやアニメといったジャンルに精通している方なら、一度は聞いたことがあるフレーズではないでしょうか。

 テレビアニメがスピンオフ含め四シリーズの計八クール(一クールとはアニメ十二話を約三ヶ月にわたって放送する期間のこと)。劇場版もつくられた『とある魔術の禁書目録(インデックス)』の主人公、上条当麻の決めゼリフです。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と呼ばれる、超能力だろうと魔術だろうと異能の力であればなんでも打ち消す能力を右手に宿し、その力で最強の魔術師や能力者たちと対等以上に戦っていく。一方で、その右手のせいで自分の『神のご加護』(幸運)すら打ち消してしまい、とことんツイていない「不幸体質」でいつも酷い目に遭っている……。

 上条当麻は、いわば熱血系主人公の代名詞とも言えるキャラクターです。

 そんな彼をつくりあげた作家の鎌池和馬さんもまた凄い人物で、ネット上ではいくつもの『伝説』が語られています。

 ちょうどいい機会なので、インターネット上で噂となっている『伝説』の『真実』をお伝えしましょう。

 まずはネットの噂を羅列します。


①ノロウイルスにかかりながら執筆し続けた。

②「全部頭の中に入ってるんで」と言って、手元に原稿がないにも拘らず行数単位で正確に記憶した内容を元に打ち合わせを行った。

③『とある魔術の禁書目録(インデックス)』第二巻をわずか十七日間で完成させた。

④『禁書目録』第五巻の発売前に第六巻の執筆をほぼ終え、さらに第九巻までのプロットを完成させていた。

⑤小説の執筆のみならず、原案担当の『とある科学の超電磁砲(レールガン)』(スピンオフマンガ)においても原案プロットの提出が異常に早い。

⑥小説の執筆や漫画の原案プロットに加え、特典小説のショートストーリーやゲームの原案シナリオなど複数の仕事を同時に並行作業でこなす事もある。

⑦二〇〇九年四月頃、『ヘヴィーオブジェクト』のあらすじを僕に口頭で伝えてきたので、「それはアリですね、(でも今は忙しいでしょうから)もし書けたらぜひやりましょう」と返答をした数週間後、いきなり僕のもとに第一巻の原稿が届いた。

⑧『ヘヴィーオブジェクト』の第二巻について「書いてもいいですか?」と聞かれたので「いいですよ」と答えた数日後、突然僕にメールが届いた。プロットだと思って印刷すると数百枚に及ぶ原稿だった。

⑨締め切りを全く設定していない原稿や打ち合わせ前の次回の原稿を書き上げ持ってくる。

⑩雑誌企画用のオリジナルショートストーリーを依頼したところ、完成した原稿と一緒に締め切りを設定していない長編を持ってきた。


 以上は、全部本当です。ただ情報が古いので、いくつか追加させてください。


⑪執筆の息抜きは、別の原稿の執筆である。

⑫アニメの脚本会議、アフレコには病気以外では必ず参加し、オリジナルエピソードは基本原案を全て書いている。

⑬アニメのパッケージ特典の小説はアニメシリーズ毎に必ず書きおろす。常に電撃文庫二冊分はある。

⑭これでも、諸般の事情(自主ボツや発売延期など)でお蔵入りになった原稿がかなり存在する。それをまとめると電撃文庫が五冊はできる。

⑮多いときで、コミカライズ七本の同時連載の監修を行う。

⑯スクウェア・エニックス社のスマートフォンゲーム『拡散性ミリオンアーサー』のメインシナリオは鎌池さんがすべて執筆し、各カードキャラの設定もすべて監修している。『乖離性ミリオンアーサー』も同様。

⑰雑誌企画のショートストーリーを一本依頼したら、締め切り前に「一〇本くらい書いたのでどれか選んでください」と持ってきた。

⑱あいかわらず、設定してもいない締め切りの新作原稿を持ってくる。言っても言っても持ってくる。

⑲二〇一四年末から毎月新刊を刊行しているのに、今もあと一年分くらいの原稿ストックがある(二〇一五年一〇月現在)。

⑳「どうしてそんなに書けるんですか?」と聞いたら、「(原稿を)書いてないと、墜落するんですよ。飛行機みたいに」と返された。


 これからもどんどん更新されると思いますが、今回はこの辺で。

 さて、二十ほど挙げたエピソードの中で、僕がもっとも想い出に残っているのは、②の『「全部頭の中に入ってるんで」と言って、手元に原稿がないにも拘らず行数単位で正確に記憶した内容を元に打ち合わせを行った』です。

 これはメディアワークス時代、オフィスがまだ御茶ノ水にあったころの出来事です(現在のオフィスは飯田橋です。メディアワークスは二〇〇八年にアスキーと合併し、アスキー・メディアワークスとなりました)。

 まだ鎌池さんとの打ち合わせは遠方ゆえに電話で行っているときで、たしか『禁書目録』の三巻だったと記憶しています。

 原稿について作家と電話で打ち合わせするときは、電話口で指摘があるページ数を言って、その当該文章を読み上げた後、「こう直しましょう」と相談しながら進めていきます。

 それを長編一冊分、一枚一枚行っていくわけですから、指摘や相談ポイントが多ければ三~四時間かかります。

 そのときも、僕が指摘箇所をページ数と行数で伝え文章の意図を確認していました。

 打ち合わせは大変スムーズに進んでいました。主人公の上条とメインヒロインの一人である美琴の鉄橋バトルシーンのところでとても盛り上がったのを覚えています。

 打ち合わせ開始から一時間後。ふと、違和感に気づきました。

 電話口の向こう側で、ページをめくる紙の音が聞こえないのです。

 電話はケータイではなく固定電話でした。そして、当時鎌池さんはノートPCは持っていませんでしたから、電話とは別の場所にあるデスクトップPCを見ながらの作業は不可能なはずです。

 言わずもがなですが、プリントアウト原稿が手元にあるなら、打ち合わせ中は必ず「ページめくり」の作業が発生します。めくる音もしますし、そのタイムラグもあります。

 でも今はそれがない。

 ……嫌な予感がした僕は、恐る恐る鎌池さんに尋ねました

「鎌池さん、まさかとは思いますが……いまそこに原稿ってあります?」

「いえ、ないですけど」

「(一瞬、絶句)え、でも僕が修正のお願いで各ページで細かく指摘してること、全部理解されてますよね? 手元に原稿なくて大丈夫なんですか?」

「全部頭の中に入ってるんで大丈夫です」

 鎌池さん、あなたインデックスじゃないんだから……。