【第一章 読者に媚びない作品は格好悪い  ~たくらむ(企画術)~】

■題材がマニアックだとしても、それは新たな『楽しみ方』の提供になる

『想定読者を決める』ということは、『想定読者以外の人間を排除する』ということではありません。そもそも、万人に受けいれてもらえるものを考えるのは至難の業です。全方位を狙った射撃はすべての的をはずしてしまうことと同じで、強烈に特定の人間の感情を揺さぶる『尖り』や『個性』を持っていないと、誰の思い出にも残らないことになりがちです。つまり、想定読者にすら刺さらない作品が、想定読者を超えた読者に刺さるはずがない、ということです。

 ここで危惧されるのは、『想定読者』ひいてはその作品の題材がとてもマニアックだった場合でしょう。しかし、僕はそれで何の問題もないと考えています。たとえば、ロードレース(自転車競技)部員の青春を描くマンガ『弱虫ペダル』(渡辺 航著、秋田書店刊)の『想定読者』は、おそらく「ロードレース部で頑張っている部活生たち」だったはずです(作り手ではないので間違っているかもしれませんが、この作品に最も強烈に反応する読者の想像としては外れていないと思います)。自転車競技人口は、高校野球や高校サッカーに比べると何十分の一という規模でしょう。必然、自転車競技に興味を持っている人の数も野球やサッカーよりも少ないはずです。これはたしかにマイナーなターゲットですが、『弱虫ペダル』はロードレース部員だけしか買わないわけではありません。人間は、自分の知らない世界を覗いてみたい願望を必ず持っています。自分とは縁もゆかりもない、ともすれば知らずに一生を終えたかもしれない未知の世界を「面白く楽しみながら」感じることができれば、人はよりいっそう惹きつけられます。マニアックなものだからこそ、知りたくなるジャンルだってあるのです。『弱虫ペダル』はシリーズ累計一四〇〇万部を突破する大ヒット作品です。この数字は「ロードレース部で頑張っている部活生たち」だけで到達できないことは自明です。

 他にも、日本の子どもたちの間に空前の囲碁ブームを巻き起こし、累計二五〇〇万部を突破したマンガ『ヒカルの碁』(小畑健著、集英社刊)や、競技としての百人一首(競技かるた)を題材に、少年少女たちの努力、成長、絆を描いて累計一二〇〇万部を突破しているマンガ『ちはやふる』(末次由紀著、講談社刊)、電撃文庫なら、SE(システムエンジニア)の過酷な仕事や職場環境をコメディタッチで描いている『なれる! SE』(夏海公司著)など、マイナーなジャンルを取り扱いながらヒットした作品は、挙げればきりがありません。

 ですから、自分の書きたいもの、それに紐づく想定読者がマニアックであることなんて、問題でもなんでもないのです。そんなことに悩むくらいなら、作品を『想定読者』に最も『刺さる』ことを意識するべきだと僕は考えています(事実、『SAO』の想定読者――ネトゲを愛する人たち――も第一巻を発売した二〇〇九年当時、電撃文庫の市場で極端に多かったというわけではありません)。

 この物語は、君たちに向けてつくっているからね! という強烈なリーダーシップを込めることが大切なのです。