【はじめに】

■創作物に、面白くない作品はひとつもない

 冒頭で、電撃文庫のコンセプトは『面白ければなんでもあり』だと書きました。にもかかわらず、本書では創作のテクニックを理論立てたり、編集者としての仕事をロジックで語っている部分も存在します。ですから、「おいおい、『面白ければなんでもあり』じゃなかったのかよ。送り手側が『なんでも』どころか『縛り』を気にしてるじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 ですがそれは違います。むしろ、電撃文庫編集部は『面白ければなんでもあり』という自由な環境だったからこそ、僕は独自の『自分ルール』を編み出すことができました。

 僕が守るこのルールは、『縛り』でもなんでもありません。

 編集者が、一番の読者であること――それが僕の『自分ルール』です。僕だけではありません。電撃文庫編集部に所属する編集者は、独自開発した仕事のやり方や『自分ルール』を持っています。千差万別、十人十色な編集部の個性豊かな編集者たちの考え方で、唯一共通するものが『面白ければなんでもあり』というわけです。

 短くても密度の濃い編集者人生を過ごしてきた僕は、創作について自分なりの考えをもっています。

 それは、『創作物に、面白くない作品はひとつもない』ということです。

 つまらない話を作ろうと思って小説を書く作家はいません。漫画家もそうですし、映画監督もそうです。創作者が誰かに読んでもらいたい、観てもらいたいと考え、世に出そうとした時点で少なくともその本人自身は必ず『面白い』と感じています。だからこそ、世に出そうとアクションを行ったはずです。

 商業作品なら、担当編集か担当プロデューサーのどちらかが『面白い』と思ったからリリースしているはずです。つまり、最低でも二人以上の人間がすでに『面白い』と感じています。

 しかし、ここで誰か別の一人がその作品を『面白くない』と言ったとしたら、その創作物の評価はどちらが正しいのでしょうか。

『面白いか、面白くないか』の定義は曖昧です。

 そもそもが個人の主観に依るものであり、どこで線引きするのかというガイドラインを誰も決めることはできません。

 ただ、それらの作品を購入する場合、そこに分かりやすい判断基準が欲しくなってしまいます。

 たとえばライトノベルはどこかに連載されたものではない『書き下ろし』が多いので、いわゆる『ジャケ買い』や『あらすじ買い』をして後悔した……という経験は誰にでもあると思います(僕もいち小説読者として、その洗礼を喰らったことがあります)。

 それを防ぐために皆様はどうしていますか? ランキングや読書感想サイトをチェックしたり、誰かにオススメを教えてもらったり、というところでしょうか。

 もちろん良い手だと思います。貴重なお小遣いや給料をやりくりする中で、誰だって失敗したくありませんから。

 でも、だからこそ、小説の読み方や買い方がフォーマット化されてしまっているとも言えます。売れるものはたくさん注目されて、売れないものは見向きもされない。ランキングや感想の偏りでそれにさらに拍車がかかる。結果、人気作だけがずっと元気で、新作はなかなか盛り上がらない――。

 これはライトノベルという市場に限らず、多くのエンタメ業界で起こっていることです。

 僕はこの状況に抗いたいのです。

 その理由は、小説業界を、文化を盛り上げたい、ということももちろんありますが、根底にあるのはそれだけではありません。画一的になってしまったこの状況を打破していった先には、小説読者としての一番の快感が待っていると思っているからです。小説読者として、一番の快感はなんでしょうか?

 自分の大好きな作家や作品の新作を読むことは、喜びに満ちた素晴らしい時間です。『約束された面白さ』を享受されると安心できますし、心地よい快感があるものです。しかし僕は、瞬間最大風速ともいえる鮮烈な衝撃と快感が訪れるのは――カバーイラスト、あらすじ、タイトル、口コミ、きっかけはなんでも構わないのですが――自分の感性にビビッと来た新作を思い切って購入し、それが結果『当たり』だったときだと思っています。仮に一番の快感でなかったとしても、嬉しい瞬間に違いはありません。

 読者として、その経験を、たくさん味わうにはどうすればいいのでしょうか。

 創作者として、たくさん味わってもらうには、どうすればいいのでしょうか。

 それがわかれば苦労はしないよ! ――というのが真理でしょう。

 しかし僕は、その真理に抵抗したかったのです。創作物に、面白くない作品はひとつもない。ならば、どうすればその作品は今より面白くなるのか。どうすればその面白さはより多くの読者に伝わるのか……。そんな永遠の課題に往生際悪く抵抗する一人の編集者の中身が、この本だと思ってくだされば幸いです。



※電撃文庫編集部では、自分たちがつくっている本をライトノベルだと思ったことはありませんと書きましたが、ただ、本書ではリーダビリティ(わかりやすさ、読みやすさ)を重視して、電撃文庫も便宜上『ライトノベル』=『ラノベ』として紹介しています。ご容赦ください。

※本書の内容は、ただし、これはあくまで『自分』の『ルール集』です。ので、本書の内容は、僕の現職である、――株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス事業局電撃文庫編集部の編集長、小説雑誌「電撃文庫MAGAZINE」の編集長、≪電撃小説大賞≫の最終選考委員としての考え方ではなく、あくまで小説を担当する一人の現場編集者としての考え方に基づくものであることをあらかじめお伝えしておきます。

※本書内にある部数は、二〇一五年一〇月現在のものです。